1. ご挨拶/診療理念について
みなさま初めまして、そが内視鏡・消化器クリニック院長の曽我直弘です。
現在、平成30年6月4日の開院に向けて様々な準備をしています。 今後はコラムを通して皆様のお役にたてる情報を提供していければと考えています。
はじめに当院の診療理念についてお話ししておきたいと思います。
やや堅苦しい表現ですが、『患者さまの健康と未来を守るために、研鑽し質の高い医療を提供する』としました。
「健康と未来を守る」には、現在の症状に対して治療をすることと、将来のリスクを低減させるという2つの意味があります。 症状があり受診された患者様に適切な診断と治療を行うこと、そして検査を通じて早期発見・早期治療をしていくことです。
外科医として長年臨床に携わり多くの癌の患者様を担当してきました。残念ながら術後に病気が再発した場合に、もしももっと早期に発見できていればと悔やまれることがありました。過去には戻れませんが未来のために、専門的な内視鏡検査を安全に安心して快適に受けていただくことで疾患を早期に発見することが可能です。また、大腸ポリープ切除やピロリ菌の除菌といった治療は将来のがんの発生リスクを確実に下げてくれます。生活習慣病の治療と管理、禁煙治療も非常に重要です。将来の心疾患、脳血管障害の発症リスクを低下させることができます。
医療は日進月歩の分野です。常に情報を得ていないとすぐに知識が遅れてしまいます。自分自身を研鑽しアップデートしていかないと診療の質を維持できないと考えています。
開院後、年月を経てもこの診療理念を忘れずに継続していけるよう、スタッフ一同頑張っていきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
2. 便潜血検査で陽性になったら?
便潜血検査が陽性になった人が大腸内視鏡検査を受けると、大腸癌が発見される確率はおよそ3%です。(平成28年度茨城県検診)
大腸癌がなかったとしても、大腸腺腫というポリープが発見される確率は30~50%です。
この腺腫性ポリープは良性ですが、放置すると年月をかけて大きくなり、その過程で癌になる可能性があります。ですから、腺腫性ポリープを内視鏡で切除する治療は将来的に大腸癌になるリスクを下げてくれます。
海外の論文ですが、2012年にZauber AG らがNew England Journal of Medicineに『内視鏡的大腸ポリープ切除は大腸癌による死亡率を53%下げる』と発表し検査の有用性が示されました。この論文は信頼性の高いエビデンスとして支持されています。
便潜血陽性の結果が出ていながら内視鏡検査を受けずに放置している方には、是非早めの検査をお勧めします。
本邦の死亡数の多いがんの順位(2016年の統計による)では、大腸癌は男性で第3位、女性で第1位です。大腸癌をできるだけ早期に発見すること、腺腫を発見して内視鏡的ポリープ切除術を行い癌の発生を未然に防ぐことは、がんの死亡数を減らすためにもに非常に重要です。
また、便潜血陽性以外にも下血や便通異常など、症状がある場合には大腸内視鏡検査を施行して器質的疾患の有無を確認しておくことが必要です。
大腸内視鏡検査は、午前中から下剤を内服して午後に検査を受ける、1日がかりの検査です。当クリニックでは、患者さんのプライバシーに配慮したトイレ付きの個室で、ゆっくり前処置用の下剤の内服ができます。検査後もリクライニングソファーで十分に休んでからお帰りになれます。
検査では拡大機能および特殊光での質的診断が可能な最新のレーザー内視鏡を使用して詳細な観察を行います。さらにポリープが見つかった場合は、可能な限り内視鏡的ポリープ切除術(日帰り手術)を行っています。
ご希望がある場合には、うとうとした状態でリラックスして検査を受けていただける鎮静剤を使用しています。
検査を受けるためには事前の診察が必要です。便潜血陽性の方、症状のある方は保険診療で検査・治療が可能ですので、まず受診をしてご相談ください。
3. 禁煙のすすめ
私は日本禁煙学会の認定指導医の資格を取得しております。まだ知識がたりない部分もあると思いますが、禁煙について自分の経験を踏まえてお話しします。
まず喫煙者の方に説明したい事は、喫煙はただの習慣ではなく『ニコチン依存症』という病気であるということです。ニコチン欠乏に対して、意思の強さでは抵抗できない場合もあります。意思をつかさどる脳がニコチンを補充するように指令を出しているのですから、なかなか自分の意思の強さだけで治療することは困難です。かなりの決意があっても禁煙は難しいのです。
実は、私も以前はかなりのヘビースモーカーでしたが、2002年に恩師が亡くなったことをきっかけに禁煙しました。
それ以来1本も吸っていません。
当時は禁煙補助薬が一般的ではなかったので、市販のニコチンガムを購入し、ニコチン補充をしながら依存症離脱をしました。不思議なもので、禁煙をつづけて半年くらい経つと全くタバコを吸いたくなくなりました。
ニコチン離脱症の経過は、最初の3日間が最もつらく、以後少しずつつらさが薄れていき、3週間後には弱くなり、3か月後には消失するといわれています。そして大事なことは、この離脱の経過中にもしタバコを1本でも吸ってしまうと、約30分後に猛烈なニコチン渇望が起こってしまうことです。ですからタバコの本数を減らして禁煙するという方法は有効ではありません。
まずは3日間、喫煙をやめることが第1歩になります。
禁煙外来がニコチン依存症の治療をお手伝いできると思います。
禁煙のきっかけとして、呼吸器学会禁煙推進動画をリンクします。
短い動画ですがかなりのインパクトがあります。ご覧ください。
禁煙については、また後日続きを書きたいと思います。
4. ピロリ菌 ①
ピロリ菌の単離・培養にはじめて成功したのは、オーストラリアの研究者であるBarry Marshall先生とRobin Warren先生で、1982年のことです。
それまでは強い酸性の環境である胃の中で 細菌は生存できないと考えられていました。 実は 顕微鏡で病理組織のピロリ菌が見えていたのですが、誰もそれを細菌とは思っておらず、標本作成上のアーチファクト(ゴミ)と思っていました。ピロリ菌の存在が分かってからは、病理学の先生方はピロリ菌と認識して診断しています。 まさに“常識を疑う”という素晴らしい発見でした。
Marshall先生とWarren先生は2005年にこの功績によりノーベル医学生理学賞を受賞しています。
では、なぜピロリ菌は胃の中で生き続けられるのでしょうか?
ピロリ菌は幼少期に井戸水や口移しの食事などで感染すると言われています。
胃酸を分泌している胃の中はpH1~2という 通常生物が生息できない強酸性の環境なのですが、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を持っていて 胃の中の尿素を分解してアンモニアを作りだします。アンモニアはアルカリ性なので、ピロリ菌のまわりの胃酸が中和されて生息できる環境となります。ピロリ菌は自分でバリアを作って生きているのです。
また 栄養分の多くを胃粘液から得ていると考えられています。具体的には 胃粘液の主成分である糖蛋白質やムチンを栄養源として利用しています。
外敵のいない環境で人とともに生き続けるピロリ菌とは、ある意味 賢い細菌ではないでしょうか。
しかし、ピロリ菌は長年にわたり人間の胃に棲みつくことで、徐々に胃の粘膜を荒らしていきます。
5. ピロリ菌 ②
なぜピロリ菌が胃癌の原因になるのでしょうか?
全てが解明されているわけではありませんが、毒素cagAに関してはすでに確定している癌化メカニズムです。
ピロリ菌は胃壁の細胞にcagAを注入して細胞の増殖を制御する分子とくっつき、機能を狂わせ、がんにつながる異常な細胞の増殖を引き起こします。通常、細胞がこのように異常な状態になると「アポトーシス」というシステムが働き、細胞が自爆して体を守ろうとします。この細胞の自爆が胃の粘膜細胞を間引きすることになり、結果的に胃酸の分泌が減ることによって、胃の中はピロリ菌にとってさらに住みやすい環境になります。
ところが 人間側が高齢になってくると、長年cagAの注入に対抗していた「アポトーシス」の機能が低下してしまい 癌化が引き起こされるのです。特に、東アジアのピロリ菌のcagAは癌化を促すSHP2というたんぱく質に強く結合します。そのためヨーロッパなどの地域に比べて東アジア(日本、中国、韓国、台湾、ベトナム)では胃癌が多いのです。
このcagAに関する研究成果は本邦の畠山正則先生によるものです。
なお、粘膜細胞が減少して薄くなり 胃酸分泌が減った状態が 慢性萎縮性胃炎とよばれる状態です。
またcagA以外にも、ピロリ菌によって作り出されるアンモニアなどが胃の粘膜を直接障害する癌化メカニズムが考えられています。慢性炎症状態が継続するとDNAのメチル化という異常を起こし癌抑制遺伝子が働かなくなると言われています。
やや難しい話になりましたが、『胃癌の原因の多くはピロリ菌の持続感染によるものである』と断定する科学的な根拠をご説明しました。
6. 禁煙のすすめ ②
禁煙外来は初診時を含めて5回、3か月間のプログラムで行っています。
当院では初回にオリジナルスライドを観ていただき、喫煙習慣はニコチン依存症であること、いかに身体にとって悪いかをご説明しています。そして、呼気の一酸化炭素濃度測定、体重測定、内服薬チャンピックス または 貼り薬ニコチネルパッチのどちらで治療するかを相談します。
2回目以降は おもに禁煙状況の確認、副作用のチェックをしていきます。5回の受診で終了となります。
さて、今回はタバコの有害物質とその影響についての説明です。
喫煙において ニコチン、タール、一酸化炭素などが悪モノとされていますが それだけではありません。タバコの煙には約4,000種類の化学物質が含まれており、その中には なんと200種類以上の有害物質が含まれ、発がん性物質は70種類以上にのぼります!
たとえば、ホルマリンの原料のホルムアルデヒド、ペンキ除去剤に使われるアセトン、アリの駆除剤に含まれているヒ素、車のバッテリーに使われているカドミウム などの物質です。
(参考;ファイザー「すぐ禁煙.jp」 https://sugu-kinen.jp/harm/material/ )
喫煙行為により、お金を払って体の中にこれらの毒を取り込んでいるのです。もったいないどころではありません。
がんによる死亡のうち、男性で34% 女性で6%はたばこが原因だと考えられていますし(参考;国立がん研究センター癌情報サービス)がん以外にも、虚血性心疾患、脳梗塞、肺気腫など様々な疾患の原因になっています。 また、2005年のやや古い統計ではありますが タバコによる経済的損失は4.3兆円にものぼり、プラスの経済効果2.8兆円を大きく上回っています。
自分のため、日本の将来のため、喫煙は百害あって一利なし です。
私は、禁煙を勧め ニコチン依存症を治療することが 地域の健康寿命をのばすために大変意義のあることと考えています。タバコをやめたいと思われている方は ぜひ禁煙外来でいっしょに禁煙にとりくみましょう。
7. 経鼻 or 経口内視鏡?
胃カメラは、苦しくてつらい検査のひとつでしたが、今はかなり状況が変わってきています。 細径の内視鏡を鼻から挿入する経鼻内視鏡が普及したためです。
経鼻内視鏡検査が苦しくないのはなぜでしょう?
内視鏡が細いだけではなく、挿入するときの角度の関係で 内視鏡が舌根部に強く触れないため “オエッ”となる咽頭反射がほとんど起きません。
経鼻内視鏡は2001年頃から臨床に導入されました。
導入当時は患者さんの苦痛は少ないものの どうしても画質が劣るため、学会でもどちらの検査が患者さんのために望ましいのか しばしば議論のひとつとなっていました。
最近ではそのような話題が聞かれなくなりました。なぜならここ数年でレーザー光源内視鏡をはじめ様々な改良を経て、太い経口内視鏡に優るとも劣らない画質と操作性を 経鼻内視鏡も手に入れたためです。 実際に検査をしていると画質に関してストレスはなく、明るく繊細な画像で、モニター画面に見入ってしまうくらいです。
吸引や反転などの操作性も優れており、スクリーニング検査においては理想的な器材と考えています。
また経口法と異なり、咽頭・喉頭の観察も患者さんが落ち着いた状態でできます。
以上より当院では、胃内視鏡検査は 鎮静剤を使用しない経鼻内視鏡検査がファーストチョイスと考えています。
しかしながら、経鼻内視鏡にはデメリットもあります。
痛みのため挿入困難な場合があること、鼻中隔の湾曲や形状で挿入できないひとも数%程度はいることです。
とくに若い女性の場合は挿入が困難な方多いと言われています。若いひとは経口法で咽頭反射が強いことも多く、鎮静剤を使用した検査のよい適応だと思います。
当院ではそれまでの患者さんの検査歴や年齢、性別などを考慮しながら、ご希望もお伺いして検査方法を決めています。
8. 最新の大腸内視鏡検査
大腸内視鏡検査には “つらい検査” というイメージがあるかと思います。
オリンパス社の2019年のアンケート調査で、今まで大腸検査を受けたことのない人を対象に ‘『大腸内視鏡検査を受けるのは、それほどつらくない』イメージを持っているか ’ という質問がありました。『そう思わない』『あまりそう思わない』との回答が80%を超えています。 検査を受けたことがない人の多くが “きっとつらい検査だろう”と考えています。
また、2017年の日本対がん協会の統計では 便潜血陽性での精密検査(大腸内視鏡)受診率は68.7%であり、じつに30%の人は大腸内視鏡検査が必要であるにもかかわらず 検査を受けていないことになります。 忙しくて時間がない、そして前述の 自覚症状がないのにつらい検査を受けたくない というのがおもな理由と考えられます。
最新の大腸内視鏡検査は痛みが少ない検査です。
送水装置のある内視鏡システムで空気の代わりに少量の水を入れながら、内視鏡をたわませないように挿入する技術が重要です。内視鏡が盲腸まで到達後に内視鏡を抜きながら腸を膨らませて観察しますが、その時に空気の代わりに炭酸ガスを送気することにより検査中および検査後のおなかの張りが抑えられます。また、検査時に少量の鎮静剤を使用することで、ウトウトした状態(声をかけると自分で横向きから仰向けに体を動かせる程度の麻酔の深さ)で検査を行うことでより楽に検査を受けることができます。(ただし、鎮静剤使用後はその日の車の運転は禁止です。)
検査機器も重要です。当院では、フジフィルム社製最新の『LASEREO7000システム』と下部内視鏡『EC-L600ZP7』使用しています。
この内視鏡には挿入をしやすくするための特徴がいくつかあります。「硬度調整機能」を搭載していてスコープ軟性部の硬さを任意に調整することが可能であり、患者さんの腸の状況にあわせて 適切な硬さを選択することができます。また高い弾発性を持つ素材を採用していて、操作部をねじった時に手元の力が先端部に伝わりやすくなった「高追従挿入部」 を実現しています。さらに、挿入部先端が軟らかく曲がりやすくなっており、曲がった後はまっすぐに戻りやすくする「カーブトラッキング技術」も搭載されています。
画像は レーザー光源を搭載とCMOSを採用しているため非常に繊細で、さらに拡大観察により腫瘍の質的診断をサポートしてくれます。
便潜血が陽性なのに検査を受けていない方、血便、腹痛、便通異常など症状がある方が、検査に対する心理的なハードルを下げて ぜひ検査を受けて頂ければと考えています。
9. 偶然除菌
胃の内視鏡検査で萎縮性胃炎を認めたときには、現在胃の中にピロリ菌がいる状態(現感染)なのか、過去にピロリ菌がいた状態(既感染)なのかを判定することが必要です。除菌治療歴があり その後の検査できちんと除菌判定されていれば、既感染であると確定できます。
しかし 実際の内視鏡検査では、除菌歴が無いにもかかわらず ピロリ菌の既感染と考える所見が時々みられます。胃前庭部(胃の出口に近い部分)に萎縮があっても、胃上部のびまん性発赤、斑状発赤、粘液付着などのピロリ菌に感染している特徴的な粘膜所見を欠いているような場合です。
内視鏡検査だけでピロリ菌の診断が完全にできるわけではないので、このようなときは精度の高い存在診断である尿素呼気テスト、便抗原検査などをおこないます。これらの検査結果が陰性の場合に、除菌治療はしていないがピロリ菌既感染の萎縮性胃炎という診断になります。
なぜ 治療をしていないのにピロリ菌が陰性の状態が存在するのか、実証することは困難ですが、2つの可能性があります。
ひとつは、過去にピロリ菌感染をしていたが他の病気で抗生剤の治療を受けたことがあり、その治療によって偶然にピロリ菌の除菌も同時にされたと考えられるケースで、『偶然除菌』と呼ばれています。
もうひとつは、ピロリ菌感染により胃全域に萎縮が進行するとピロリは自然消失する場合があるといわれており、これはいわゆる胃がんリスク健診のD群相当になり、『自然除菌あるいは消失』とよばれています。
除菌治療を受けていない既感染症例の頻度は、青山らの報告(日本ヘリコバクターピロリ学会誌Vol.19 No.2)では 7.6%であり、また、自然消失よりも偶然除菌のほうが多いと言及しています。川田らの報告(第23回日本ヘリコバクター学会学術集会2017)では 人間ドックで内視鏡検査を施行した4,005例のうち84例、2.1%であったとされています。
当院でも内視鏡検査で萎縮性胃炎がみられたときに、偶然除菌でしょう と説明するケースがあるので、今回 コラムで詳しく説明させて戴きました。